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新潟地方裁判所 昭和32年(わ)185号 判決

被告人 高橋勇

主文

被告人を無期懲役に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、新潟県五泉市大字小山田三百三十五番地において高橋忠太、同トメの四男として生まれ、同地の中学校を卒業した後家業の農業に従事し、その間前橋、岡山、名古屋方面に出稼ぎに行つたこともあつたが、昭和三十年八月頃胃を悪くして名古屋より右自宅に帰つてからは余り仕事もせずに暮していた。被告人の実父である右忠太は昭和二十五年頃肺結核を患つて以来右自宅で静養を続けていたが、生来神経質で気短かなところから兎角小言が多く、事毎に家族の者に当り散らしており、被告人も遊興に耽つたり出稼ぎに行くに際して父の金を持出したりし、又被告人の兄尚平も家業を嫌つて、父親と折合悪しく乱暴者で時折父親を殺害すると言い出したりする状態であつたため一家には常に波瀾が絶えなかつた。そして昭和三十一年七月尚平が忠太と口論の上家出するに至つたので爾来被告人方は両親と被告人との三人暮しとなつた。

ところで、忠太はかねがね自己が病人であるところから同家の一室(中の間)に起居していたが、被告人が一時実母トメと同室で就寝したことがあつてからは、特に被告人と右トメの行動を猜疑の目をもつて眺め、従前より口汚く罵り、同人を無能呼ばわりにした上全財産を処分して誰にも相続はさせず自分は養老院に入る等言い出したりしていた。被告人は内向的な性格で父の右仕打を我慢していたが、時には父を殺傷するような言辞を弄したりする程父に対する憎悪の念は次第に深まつて来た。そして忠太も右のような被告人等の態度に不安を感じ自己の寝床の下に短刀(昭和三十二年地領第七十一号の一)を隠しておいて自衛の手段を講ずるようになつた。被告人は

第一、偶々昭和三十一年九月一日午後七時頃被告人が前記自宅奥の間でアイロンを使用中、二回に亘つてヒユーズを飛ばし、その修理に手間取つたところ、折柄入浴中であつた前記忠太(当時五十九年)より「何をしているんだ、早くつけやがれ」と怒鳴り散らされたため、日頃の忿懣の情が一時に爆発し、この際一思いに父を殺害して鬱憤を晴そうと決意し、その兇器として父の寝室より前記短刀(刃渡り約十一糎)と、その際発見した鉞(刃渡り約十七糎)――昭和三十二年地領第七十一号の八――とを持出して自己の寝床の下に隠して準備し、同日午後九時頃忠太の様子を探つて一旦自室に引き返し、新聞を見ながら同人の寝静まるのを待ち、翌二日午前一時頃前記鉞と短刀を携えて忠太の寝室に到り、蚊帳の吊手を落すや否や、同人の顔面、頸部を目掛けて右鉞で二・三回強打し、更に短刀でその頸部を数回突き刺し、因つて同人をして右総頸動脈全断による出血多量のため間もなくその場において死亡するに至らしめて殺害の目的を遂げた。

第二、右犯跡を隠蔽するため同日午前十時頃右忠太の死体を肥料叺及び空俵に詰め込んだ上前記自宅裏の桑畑に埋没して遺棄した。

第三、右犯行の後、当時より之を知悉していた実母トメ(当五十八年)に対し他言することを堅く口止めして右犯行を隠蔽していたが、昭和三十二年三月下旬に胃の手術をしたため、その後肉体労働に堪えることができなく、野良仕事もせずに遊んで過すことが多くなり、やがて自家所有の田畑を他人に貸そうかとトメに相談したところ、同女より之に反対され、却つて家出中の前記尚平の妻を連れ戻す等と言われたので、そうなると兄尚平も帰宅し、同人等により自己の前記犯行も発覚するに至るのではないかと考え、出稼ぎに行くと称して逃亡しようと決意し、トメに旅費として金二万円を要求したが、同女の容れるところとならず、次第に両者の折合が悪くなり、果てはトメが忠太の殺害された部屋を通ると血の臭がすると言つて被告人の前記犯行を他言するような態度を示すに至つたので、被告人はひどく之を危惧し、前記犯行を引き続き隠蔽するには実母トメを殺害するに如かずと決意し、それと共に、当時既に他家に嫁し、時折農事の手伝いに来てトメに種々入れ智慧をしていると邪推していた実姉小倉徳(当二十七年)も出産のため自宅に滞在していたので、同女をも殺害しようと決意し

(一)昭和三十二年六月三十日午後十時頃前記自宅台所において右徳が飲用する山羊乳約二合在中のアルマイト製柄付鍋(昭和三十二年地領第七十一号の六)に昇汞約五瓦を混入しておき、同女に飲用させて毒殺しようとしたが、同女が之を飲用しなかつたためその目的を遂げなかつた

(二)翌七月一日午前十時頃前記台所において前記実母トメ及び徳が飲食する山羊乳約四合在中の前記鍋に昇汞約一瓦を、更に雑炊約一合在中のアルマイト製鍋(昭和三十二年地領第七十一号の七)に昇汞約九瓦を混入しておき、同女等に飲食させて毒殺しようとしたが、山羊乳を飲もうとしてその味に不審を抱いた右トメに之を察知されたためその目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中尊属殺の点は刑法第二百条に、死体遺棄の点は同法第百九十条に、殺人未遂の点は夫々同法第二百三条、第百九十九条に、尊属殺未遂の点は同法第二百三条、第二百条に各該当するところ、判示第三の(二)の尊属殺未遂と殺人未遂は各一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項前段、第十条に則り夫々重い尊属殺未遂罪の刑をもつて処断すべきである。そして以上は同法第四十五条前段の併合罪であるが、尊属殺罪について無期懲役刑を選択して之を科するので、同法第四十六条第二項により他の刑を科さないこととし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

(裁判官 堀切順 井口浩二 坂井熙一)

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